筆者
⾏政システム総研 顧問
榎並 利博(えなみ としひろ)
2024年の東京都知事選では50人以上が立候補するという異例の事態となったが、世間の注目を集めたのは選挙掲示板ジャックとでも言うべき行為だ。ほぼ全裸の女性のポスターを掲示したり、ある政党は選挙とは関係のないポスターで掲示板を広告商品のように扱ったりと、眉をひそめる方も多かっただろう。
言論の自由、表現の自由だ、法律で規制されていないといくら強調されても、このような行為に同調する人はまずいない。逆に、規制を強化しろという声が上がるかもしれない。懸念されることは、為政者がこのような声を背景に恣意的に言論・表現の自由を制約したり、選挙活動を過度に規制したりすることだ。
我が国の自由や民主主義は、残念ながら国民みずからが勝ち取ったものではない。それゆえ、自由や民主主義は国民の良識の上でバランスを取っている危うい存在だということに気付いていない。自由や民主主義を享受していることがいかに稀なことか。世界を見渡せば自由な選挙と民主主義を謳いながら、実態としては自由が無い専制主義国家が跋扈している。
2000年当時、世界のインターネット普及率は6.5%だったが、その後の普及拡大で情報がグローバルに自由に流通し、自由・民主主義の理念が広まり、民族や国家間の相互理解も深まると期待された。そして2010年には普及率が34%に達し、2010年から2012年にかけてアラブ諸国では民主化運動が起こった。
しかし、このアラブの春はあっけなく潰えてしまった。スウェーデンの研究機関V-Dem Institute[1]は毎年デモクラシーレポートを作成し、各国の自由民主主義インデックスを公表している。それによると世界はこの30年間で自由と民主主義が大きく後退しており、全世界のレベルはこの3年間で1989年、1986年、1985年のレベルへと年々下がっているという。1989年はベルリンの壁が崩壊した年であり、現在はそれ以前の東西冷戦下の時代に匹敵する。
今年2024年のレポートでは、直近の15年で専制主義国家の人口割合が優勢になっており、直近10年間で表現の自由を抑圧する国家は10から35へ拡大し、専制主義へ後退する国家は11から42へ増加したという。このレポートでは、毎年各国の状況を赤色(専制主義)と青色(自由民主主義)の世界地図で表現している。日本の周囲を眺めると、東アジア、中央アジア、中東、アフリカにかけて真っ赤な状況になっている。また、米国は青色だが、トランプ大統領時代は薄い赤色だった。
インターネットの登場によりグローバルに自由な情報の流通が可能となった一方、専制主義の国家体制になれば監視や検閲のツールとして使われることになるだろう。ここでは言論や表現の自由も、選挙における自由な投票も無い。自由と民主主義が当たり前に存在するものとして、粗雑に扱う空気が広まることに危機感を抱く。