筆者
⾏政システム総研 顧問
榎並 利博(えなみ としひろ)
先日、ある病院の診察室での出来事。医師の先生が診察しながらパソコンの画面をクリックし、患者リストから私の情報を表示しようとしていた。それを見ていた私は「先生、ちょっと待って。それ私じゃありません。」ありふれた苗字であれば名前を確認するのだろうが、私の場合はそうではないと見えて、苗字が一致すれば私のことだと思い込んでしまうらしい。医師は同じ苗字の別人をクリックしようとしていたのだ。
以前も職場で同じようなことがあった。上司から「さっき送ってきたメールはどういう意味だ?」と問われ、私は「メールを送った覚えはありません。」上司は「そんなことはないだろう。パソコンの画面を見てみろ」と。メールの内容を見てみると、送信者の苗字は確かに私と同じだが名前が違う。一般的にあまり見かけない苗字の場合、人は名前を確認せずに苗字だけで判断してしまうようだ。医師は笑いながら恐縮していたが、別人の情報を見ながら診察していたらと思うとゾッとする。
12月から紙の保険証が廃止され、健康保険証は顔写真付きのマイナンバーカードに一本化される。筆者としては、電子カルテにもマイナンバーカードの顔写真を登録し、写真と氏名・マイナンバーを確認しながら診察してもらいたい。しかし、メディアのマイナンバーカードへの反応は冷たく、保険証の紐付け誤り、カード読み取り機器の不具合、システム切替えのコストが嵩むなど否定的な報道ばかりが目立ち、紙の保険証に戻せという議論まで出てきている。
メディアの否定的な記事のネタ元はどこなのだろうかと詳しく見てみると、すべて保険医協会とその全国組織である保団連(全国保険医団体連合会)になっている。この団体の名称はすべての医師を代表しているように見えるが、実は開業医の一部でしかない。この名前を見かけたのは遡ること十年前、マイナンバーの制度設計時だ。
当時、政府は番号制度に関するパブリックコメントを国民に求め、多くの意見が寄せられた。「社会保障・税番号大綱」に関するパブリックコメントは公開され、団体の意見は67 件あった。その内容を見ると、賛成が33 件、中立が9件、反対が25件であり、反対意見の半数以上(14 件)が医師会・保険医協会によるものだった。保険医協会の名称が印象に残っている理由は、彼らの意見の中身がすべて同じで、いずれもコピペしたものだったからだ。
つまり、彼らはマイナ保険証に否定的なのではなく、番号制度そのものに反対しているのだ。反対の理由として「プライバシーの侵害」を主張しているが、医師や医療従事者が患者の情報を扱うのに、なぜプライバシーの侵害になるのか理解できない。患者の身としては、プライバシー保護を理由に情報が伝わらず、自分の生命や身体が危険に晒されるのは御免蒙りたい。しかし、医療の世界ではいまだにマイナンバーの呪いがかかっており、診療行為でマイナンバーが使えない。
その理由は、保険料の徴収や給付など医療保険の現金給付と診療行為など医療保険の現物給付を区別し、マイナンバー法では現物給付を対象外としたからだ。そして、医療保険の現物給付ではプライバシーに特別な配慮が必要であるため、マイナンバーの特別法を制定してマイナンバーを使うというのがもともとの計画だった。しかし、その後の政権交代の影響もあり、この計画は忘れ去られてしまった。
電子証明書のシリアル番号という「見えない番号」ではなく、マイナンバーという番号そのものを使えば、保険証の紐付け誤り、カード読み取り機器の不具合、システム切替えコストの問題も一気に解消する。筆者の場合は名前まで確認すれば別人と間違えることはまず無いが、日本には同姓同名が多く存在し、同生年月日のケースもある。生命や身体を守るため、早急に顔写真やマイナンバーを使って本人確認してほしい。プライバシーよりも生命のほうが大事だ。