筆者
⾏政システム総研 顧問
榎並 利博(えなみ としひろ)
民間企業においては、デジタルで自分たちのビジネスが激変するかもしれないという危機感を抱きながらDXという言葉を使っている。しかし、自治体の場合はDXに対してどのように考えたら良いのだろうか。少なくとも自分たちの仕事が激変しようが、民間企業のように倒産することはないからだ。
自治体DXという言葉は、総務省が発表した「自治体DX推進計画」が発端だ。そこでは、自治体DXとは「住民に身近な行政を担う組織として、社会全体のデジタル・トランスフォーメーション(DX)を推進する役割を果たす」と記述されており、社会全体のDXとは「デジタル化の遅れに対して迅速に対処するとともに、『新たな日常』の原動力として、制度や組織の在り方等をデジタル化に合わせて変革していく」ことだとされている。
つまり、自治体DXとは何かを具体的に定義しているわけではなく、各自治体が地域の実情に合わせて自分たちなりの「自治体DX」を定義し、やるべき変革を実行していかなくてはならない。そうは言いながら、総務省の計画では自治体DXにおいて6つの重点取組事項を掲げ、これらに対して取り組むことを要請している。これは何を意味しているのだろうか。
重点取組事項の筆頭は「自治体の情報システムの標準化・共通化」であるが、この「標準化・共通化」については以前総務省の「自治体戦略2040構想研究会」で指摘されたものである。この研究会の答申に基づいてこれまでも標準化の作業が粛々と進められ、その内容は「住民記録・税・福祉に関して標準仕様書を作成し、遅くとも2020年代に標準機能を搭載したアプリケーションを提供する」という緩やかなものだった。
しかし、今回は法律で義務付けるという強制的なものであり、対象は20業務、目標年度は2025年度とされ、ガバメントクラウドへの移行も含まれている。ここには、これまでのやり方を転換するという政府の強い意志が感じられる。そもそも自治体標準化というのは、コロナ禍でデジタル化の遅れを痛感した政府が、デジタル政策の起死回生策として打ち上げたデジタル庁創設やIT基本法抜本改正などの政策の一環なのだ。
特に、「特別定額給付金について、マイナンバーカード及びマイナポータルを利用した申請を可能としたものの、マイナポータルから送信された申請受付データをデジタルデータのまま処理する体制が整っていなかったこと等により申請から給付まで一貫したデジタル完結ができず、迅速な給付等に支障が出たケースがあった。」(デジタル・ガバメント実行計画本文より)という反省の下、特別定額給付金の問題が自治体標準化へとつながった可能性が高い。それを実行するために慌てて総務省が策定したのが「自治体DX推進計画」だ。
デジタル化の司令塔として創設されたデジタル庁は、マイナンバーなど社会のデジタル化基盤に関する権限をすべて移管しただけでなく、情報システム予算を一括計上し、政府・独法・自治体のシステムに関して統括・管理をする権限を持っている。デジタル政策に関する権限をすべてデジタル庁に集約し、強い権限を持って政策を実行する仕組みとなっている。
自治体標準化やデジタル庁の創設だけでなく、ガバメントクラウドへの移行や個人情報保護条例の共通ルール化など、政府の方針として分散・分権から集中・集権へという大きな方向転換が見られるようだ。「デジタル時代の地方自治のあり方に関する研究会」においても、地方自治・地方分権に対するもどかしさや不信感が見て取れる。コロナ禍における諸外国の強権的な対応を見て、政府は方向性を転換し始めたのだろうか。
司令塔として創設されたデジタル庁を第一歩とするなら、子ども家庭庁の設置や内閣感染症危機管理庁の創設もその流れにあると言ってよいだろう。「政府DX」という言葉こそ使われていないが、このような転換が着々と進んでいるのかもしれない。自治体はこの「政府DX」という大きな流れを意識しながら、自分たちの地域は何を必要とし何を実行していくのか、自ら考えていかなくてはならない。