筆者
⾏政システム総研 顧問
榎並 利博(えなみ としひろ)
マイナ保険証と自治体情報システム標準化には重要な接点がある。こんなことを言えば、大方の人は怪訝な顔をするだろう。確かに、政府は頑なに2024年秋の保険証廃止や2025年度の標準化移行完了にこだわっているが、それは強権を振るいたいのだろうと。しかし、もう少し大局的な観点から見てみよう。
マイナンバーカードの紐付け問題を発端として、来年秋の保険証廃止は延期すべきだと世論が起きた。しかし、政府は総点検本部を設置して必要な点検を行うとしたものの、保険証廃止期限は譲らなかった。そして、マイナンバーカードを持たない人には「資格確認書」を発行して対応する計画だ。
我が国の現状を鑑みるに、厚労省の資料では社会保障給付費が22年度(予算ベース)で130兆円を超える規模になっている。GDP比では23.2%であり、90年度の10.5%と比較すると、30年間で2倍以上の膨張だ。そして、すでに団塊の世代(1947~49年生まれ)が後期高齢者に突入しており、医療費がさらに拡大することは想像に難くない。
また、自治体情報システムの標準化については、期限まであと2年半という状況のなかで、現場では人的リソースや補助金の不足などが厳しさを増している。基本方針改定では、実施が難しいシステムに限り移行完了期限を猶予するようだが、政府として全体の計画を見直すつもりはない。このように政府が強引に事を進める背景には何があるのだろうか。
無論、国家財政に余裕があるなら懸念することもないが、財務省の資料によれば国の債務残高はGDPの259.0%となっている。G7のなかでもイタリア(155.3%)を抜いて断トツの数字であるだけでなく、全世界176カ国のなかでも最大だ。これをもって我が国は破綻するなどと煽るつもりはないが、諸外国からの信用を失うことのないよう、政府がこの状況を常にコントロール可能だという環境整備が必須だ。
さて、増大する債務残高と社会保障給付費をコントロールするためには、税制と社会保障制度の抜本的改革が必須となる。しかし、制度改革には情報システムの再構築および改修が必ず伴い、特別定額給付金や低所得者への給付で明らかなように、我が国では税・社会保障の制度運用の多くを国ではなく自治体に依存している。
つまり、大規模な制度改革を実施する際には、迅速にかつ一気に1700以上の自治体の情報システムを変更しなければならない。そのためには今から情報システムを標準化しておくことが政府にとって喫緊の課題だ。その前提で標準化を考えると、法律による強制、5年間という短期間、戸籍・印鑑などの業務は無関心、ガバメントクラウド移行の実質義務化などの疑問も解消する。
マイナ保険証も同じ文脈だ。医療サービスは簡単に削減できないが、事務処理に関しては削減の余地がある。日本は皆保険制度であり、誰でもどこかの保険に加入[efn_note]加入していない場合は医療扶助で救済している。[/efn_note]している。現在の保険証では本人確認ができずに年間約500万件の差し戻しが起きており、マイナンバーカードで本人確認を行えばこのような無駄な事務は省ける。
また、医療保険者は3000以上もあるが、各々がバラバラに事務を行う必要性にも疑問が沸く。かつては各々の施策によって保険料を下げる努力も意味があったが、現状では高齢者への拠出金が増え、その意味も薄れている。マイナンバーで被保険者を管理することは、将来的に医療保険者の一本化という合理化にもつながる。
そのようなシナリオで考えると、政府の頑なな姿勢も頷ける。マイナンバーは税・社会保障の制度設計の基点であることを考えれば、マイナンバーカード普及に力が入るのも無理はない。自治体標準化の目途が立ったら、本格的に税・社会保障制度改革の議論が始まるだろう。議論百出は免れないが、政府もそろそろ本心を明かしたらどうだろうか。